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魚介類の鮮度維持についての研究

 

 新しいプロジェクトです。(特許第3070743号)
 魚を「
生き締め(延髄刺殺法)」あるいは「首折り」などによって屠殺する従来の方法に加え、その直前に「ある処理」を施すことで魚の鮮度がより長く保たれるというものです。処理には数分しかかかりません。そのわずかな処理によって、従来法と比べ、鮮度の維持時間が約3倍延びました。

 以下にやや詳しく述べますが、同じような内容は2000年8月号の月刊「養殖」に記事が掲載されますので、どうぞご参照ください。


要約

 鮮魚の保存あるいは輸送について、従来になかった新しい方法を見い出した。本方法は、生きた魚を予め低温ショック処理することにより、生き締め(延髄刺殺)を簡易化し、さらに魚肉をより新鮮な状態に保つことができるものである。魚は変温動物であるため自分で体温調節はできず、環境水温が低下すると動きが鈍くなり、ついには不動状態になる。ただし、生存可能水温を越えた処理をすると逆に苦しんで暴れたりする。低温処理とはぎりぎりの生存可能水温内で一定時間行なうことを言う。従って、魚種によってその処理条件は異なる。ここでは淡水性のマスであるカットスロートマスおよび海水性のヒラメを用いて行った予備実験結果を示す。

 低温処理をし、魚が不動になった時点で直ちに延髄刺殺(生き締め)すると、時間経過に伴って死後硬直が進むが、低温処理をしなかった魚に比べ明らかに硬直時間の遅れが観察され、また、硬直状態が長く続いた。魚の鮮度の指標は硬直状態にあるか否かであるので、本法を応用することにより、生き締めをして出荷している魚の、より長期間の保存が可能になる。

従来の技術の問題点

 捕獲された魚あるいは養殖魚を、できるだけ新鮮なまま保存したり輸送するため、冷蔵したり冷凍するなど様々な工夫がなされてきた。特に、冷凍技術は極低温法が確立したために主たる保存法になっている。しかしながら、冷凍によって魚の旨味が低下するのは否めない。また、一度解凍することでその後の保存が難しくなる。これは、冷凍する過程で、魚の組織が氷の結晶によって破壊されるためである。

 一方、延髄を破壊して瞬間的に魚を殺す「生き締め」は、魚の鮮度を長期間に渡って保つことのできる優れた方法であり、鮮魚の輸送に活用されている。しかしながら、鮮度を維持する時間の限界があり、輸送体系は出来上がっているものの、生き締めの操作を深夜に行なうなど、処理のタイミングを合わせるための困難さがあった。

 また、近年腸炎ビブリオや大腸菌O157などの食中毒が社会問題になっている。生で食することの多い鮮魚での事故は後を断たない。鮮度の落ちた魚はこのような有害微生物の増殖を促す。

問題点の解決法

 我々は変温動物である魚の特性を生かし、添加物を与えずに魚の鮮度を長期間に渡って維持する方法を見い出した。方法は、生き締めの前に低温ショック処理を行ない、不動状態にすることである。変温動物は環境の温度が低下すると全体の代謝活性も低下し、不動状態になる。このとき、延髄を刺断して屠殺すると、死後硬直の開始が遅れ、さらに死後硬直の期間も延長されることがわかった。

これまで得られた実験結果 

(1)カットスロートトラウトを用いた実験

 実験結果はコントロールが約4時間で完全な硬直状態に入るのに対し、温度処理を行ったものでは10時間の時間を要した。硬直の溶解は、コントロールでは約25時間で溶解するのに対し、温度処理を施したものでは完全に溶解するのにさらに1日掛かった。全体的には24時間の死後硬直の延長効果があった。死後硬直がコントロールおよびサンプルとも解けた時点で、解剖して内蔵の腐敗状態を比べた。明らかにコントロールでは腐敗が進み、黒化していた。

(2)ヒラメを用いた実験

 コントロールはそのまま生き締めをした。身は3枚におろし、背と腹についてそれぞれ滅菌シャーレに皮を下にして約24時間、18℃で保存した。皮とシャーレの間には切り身のドリップが溜っていたが、これをティッシュで拭き取り、重量を測定した。腹、背側とも温度処理をしたものの方が重量あたりのドリップの量が少なく、約6割であった。また、切り身については、温度処理をしたものが、腹、背とも光沢がなく、ざらざらした様子であったのに対し、コントロールではつるつるした光沢が見られた。さらに3日経過したものでは全ての切り身に光沢が見られ、すでに腐敗が始まっていたことから、切り身の光沢は鮮度が落ちたものの指標であると思われた。
 ヒラメを用いて低温ショックと無処理のコントロールを比較した。死後硬直の指標として、魚の尾の垂れ下がり具合を角度で表した。すなわち、魚は生き締め後、水平の位置に保ち、硬直させた。魚の体長の1/2 (A)のところに支点を置き、魚の下半身を垂れ下がらせた。尾の先端が水平位置からどの位下がったかを測定し、時間を追って記録した。
 コントロール魚は10時間で硬直したが、硬直状態は22時間程度で終わり、30時間で硬直が解除された。一方、温度ショックを与えた魚は同様に死後硬直が進むが、この状態は80時間程度保持され、解除された。

メカニズムについての実験

 変温動物が環境温度の急変、特に気温の急低下によってその行動が極めて鈍感になり、仮死状態にまで至ることは周知の事実である。ほ乳類の冬眠動物では体温低下を含めた代謝の低下にオピオイドペプチドの一種であるメチオニンエンケファリンが主要な働きをすることが指摘されている。従って、ほ乳動物と同じ機構が変温動物にも関与しているか否かを次に検証した。

 ナロキソンはオピオイドペプチドの拮抗阻害剤であるが、これを魚にあらかじめ投与し、温度低下による処理を行なった。

 温度低下処理は、約13℃で飼育したカットスロートを、約1℃の氷水中に動きが鈍くなるまで(約5分)浸け、直ちに延髄を刺して屠殺した(Temperature)。ナロキソンは屠殺前10分に腹腔内注射をし、同じ飼育温度においてから温度処理を行った(Naloxone)。オピオイドペプチドリカンドであるDADLE(δ)、Morphiceptin(μ)、Dynorphin A(κ)はそれぞれ腹腔内注射をし、30分同じ飼育温度においてからそのまま延髄を刺して屠殺した。 さらに、脳内ペプチドの代表的な3種のオピオイドペプチドを用いて検証を行なった。明確な差は未だ確認出来ていないが、Morphiceptin(μオピオイド)に低温ショック処理に近い効果があるようである。また、いずれのオピオイドペプチドもコントロールと比べると若干低温ショック処理に近い効果が見られた。

 結果は、同じ温度処理をしたものと比べ、ほぼコントロールと同様の結果が得られた。

以上の観察から、屠殺前に、魚を強制的に体温低下させると、明らかな死後硬直の開始の遅れ、および溶解の遅れが観察された。また、これはオピオイドペプチドが関与した反応であることが示された。このことはいづれかのオピオイドペプチドが関与する魚の筋肉の状態変化が、死後硬直のタイミングを変えたものと捕らえることができる。


 このことは、輸送を考えた場合、従来の鮮度維持の限界によって、ある地域からある地域までしか運べなかった魚が、この方法を用いることによって、より遠くに運べると言うことです。国内ではもう全ての地域から全国に輸送できるかも知れません。更に、外国からの鮮魚輸入も極めて容易に行なわれることが期待できます。

 勿論、食中毒の原因になっている0157などの病原菌の繁殖を長時間に渡って抑えることができるに違いありません。

 この方法は食品としての魚に一切薬剤など添加することはありません。

安全で確実な方法です

 これは恐らく、魚のある種のペプチドが分泌あるいは生産されることと関連しているものと考えています。残念ながらその機構はまだわかっていません。しかしながら、観察事実が先行している現象であるので、応用は比較的楽です。応用も含め、この生理的現象を解明したいと思っております。


下はコントロールで無処理のヒラメである。通常の生き締めをして屠殺し、室温20度に放置した。24時間経過すると写真のように硬直が完全に解ける。一方、上のヒラメは低温ショックをかけて生き締めをしたもので、約50時間程度は写真のような硬直が続き、以降5〜8時間かけてゆっくり硬直が解ける。

 更に、最近の研究によって魚介類一般にも有効でありそうです。例えば、ウニ、アワビ、エビ、カニなどが考えられます。幅広く応用が期待できる技術でしょう。

 現在、このプロジェクト化を推進しており、技術に興味ある企業の方々の資金援助を期待しています。

 

(実験の一例)鮮度保持時間が従来法と比べ飛躍的に伸びていることを示している。

論文準備中


「参考」

肉質の変化

過程

 肉質の変化とは、死後、魚肉が硬直状態になってから最終的に腐敗するまでのことを言う。

 

1)死後硬直:死後直後に起きる現象で、魚体が堅くなることをいう。筋肉中にあるグリコーゲンが解糖され、乳酸に変わり、肉のpHを引き下げる。生きているときにはほぼ中性の7であるが、硬直すると6.5〜5.5に下がり、酸性になる。硬直の原因はよく判っていない。

 硬直速度は即殺したものが遅く、悶絶死させたものほど速い。品質的には硬直速度の遅いものほどよいとされる。延髄刺殺による「イケジメ」は品質保持上もっとも優秀な方法である。冷水によって強制的に死後硬直を起させる場合がある。それは「こいのアライ」「アワビの肉を擦り付ける」などである。

2)軟化あるいは硬直解除:この現象については不明。

3)自己消化あるいは熟成:魚介類にあってはこの自己消化の必要性は問わないが、食肉では最も重要視される段階となっている。食肉の場合は、と殺後10日目ぐらいから起こる。魚介類では鮮度からすると硬直状態にある方が良い状態とされる。ただし、赤身の魚でマグロやカツオなどはある程度時間の経過があるもの、つまり自己消化の進んでいるものの方が旨味が出るといわれる。

 筋肉中のタンパク質が自己体内に含まれている酵素によって分解され、アミノ酸に変化することによる。旨味成分であるアミノ酸が多い程おいしい肉となる。

4)腐敗:筋肉自体には細菌が存在しないので、腐敗は起こらないが、死後、細菌(バクテリア)が付いたり、エラや内蔵にある細菌が増殖することにより腐敗が起こる。

 死後硬直時に乳酸が増加してpHを下げるが、pHが低い間は細菌の増殖が押さえられているため、腐敗が起きずらい。しかし、自己消化の段階からアルカリ物質が生産されると、乳酸を中和しpHが引き上げられ、結果、細菌の増殖が起きやすくなり腐敗が起こる。従って、腐敗が起きるのは自己消化段階以降になる。

 自己消化によって、タンパク質がアミノ酸に変わると腐敗細菌がさらに分解を進め、アンモニアや炭酸ガスあるいは脂肪酸に変わる。これらは異臭の原因となる。


マサバの例(保存温度)

 

 設定温度:-3, 0, 5, 10℃

ATPの消失 -3℃, 0℃>5℃, 10℃

クレアチン燐酸の消失 -3℃, 0℃>10℃>5℃

死後硬直の速さ -3℃>0℃>5℃、10℃では硬直しない

筋肉破断強度(歯応え)5℃がもっともよい